NEW!! 2020年、アニーになりたい歴33周年!
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【THE MUSICAL LOVERS】ミュージカル『アニー』コラム
連載3年目を迎えました!
[第0回]ミュージカル『アニー』2017の主役&孤児役合格者と新しい演出家を発表! 新アニーは野村 里桜と会 百花、演出は山田和也
[第1回] あすは、アニーになろう
[第2回] アニーにとりつかれた者たちの"Tomorrow"(前編)
[第3回]アニーにとりつかれた者たちの"Tomorrow"(後編)
[第4回]『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その1>フーバービル
[第5回]『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その2>閣僚はモブキャラにあらず!
[第6回]アニーの情報戦略
[第7回]『アニー』に「Tomorrow」はなかった?
[第8回]オープニングナンバーは●●●だった!
[第9回]祝・復活 フーバービル! 新演出になったミュージカル『アニー』ゲネプロレポート
[第10回]『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その3>ラヂオの時間
[第11回]『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その4>飢えた人々を救え!
[第12回]『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その5>ウォーバックスにモデルがいた?
[第13回]ブラックすぎる!? 孤児院の実態
[第14回]ウォーバックスの財力と華麗なる元カノ遍歴
[第15回]Leapin' Lizards! リメイク映画『ANNIE』のトリビア<前編>
[第16回]Leapin' Lizards! リメイク映画『ANNIE』のトリビア<後編>
[第17回]ミュージカル『アニー』オーディションレポート
2018の主役&孤児役合格者、発表! 新アニー役は新井夢乃&宮城弥榮!
[第18回]決まったぞ~! ハニガン役に辺見えみり、グレース役に白羽ゆり!丸美屋食品ミュージカル『アニー』2018の大人キャスト 見どころとアンサンブル役の復習
[第19回]サンディが33年目にして犬種チェンジ! 丸美屋食品ミュージカル『アニー』2018製作発表レポート
[第20回]新旧演出版のアニーたちが最後の共演!「『アニー』クリスマスコンサート2017」レポート
[第21回]『アニー』劇中 人名&用語辞典<前編>
[第22回]『アニー』劇中 人名&用語辞典<後編>
[第23回]パワーアップする2018年『アニー』~演出の山田和也にインタビュー~
[第24回]2年目の山田演出は「より分かり易く」「より面白く」! ミュージカル『アニー』2018ゲネプロレポート
[第25回]細かいところが面白い!2018年『アニー』<前編>
[第26回]細かいところが面白い!2018年『アニー』<後編>
[第27回]平成最後・新元号最初のアニーは岡 菜々子と山﨑玲奈に決定!ミュージカル『アニー』2019の主役&孤児役合格者発表
[番外編]丸美屋食品ミュージカル『アニー』2019年のダンスキッズ12名が明らかに&岡 菜々子と山﨑玲奈のアニー衣裳ビジュアル到着
[番外編]ミュージカル『アニー』韓国版が7年ぶりにソウルで上演、日本からも前売券購入が可能に
[第28回]ハニガン役・早見優、グレース役・蒼乃夕妃、リリー役・服部杏奈~丸美屋食品ミュージカル『アニー』2019制作発表レポート~
[第29回]『アニー』クリスマスコンサート2018レポート、2017アニーズ卒業!
[第30回]ミュージカル『アニー』韓国版 観劇レポート~大統領が立った!
[第31回]ミュージカル『アニー』日本版の長谷川プロデューサーに麹町でインタビュー~
[第32回]昭和から平成そして令和へ~ミュージカル『アニー』ゲネプロレポート
[第33回]ミュージカル『アニー』2020の主役&孤児役が決定~新アニーは徳山しずく&川原菜摘(→荒井美虹)
[番外編]ミュージカル『アニー』2020、アニー役の新ビジュアル公開&ダンスキッズ12名とチーム分けを発表
[第34回]2020年『アニー』は「成熟と新鮮」~ウォーバックス/藤本隆宏、ハニガン/マルシア、グレース/蒼乃夕妃、ルースター/栗山 航、リリー/河西智美
[第35回]『アニー』クリスマスコンサート2019 レポート~2018アニーズが卒業! 12/29 NEW!!
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☆☆文中 リンクがあるものは わたくしの当時の記事またはオフィシャル記事などに飛びます☆☆
☆!鑑賞レポートはすべてネタバレです!
(メモを取っていないので、間違いがあるかもしれませんが)☆
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
下北沢 駅前劇場へ
カオルノグチ現代演技『Same Time, Next Year(セイムタイム・ネクストイヤー)』
を 観に行ってきました。
一夜限りの関係を持った2人が 以降も
同じ時、同じ場所で 毎年会い続ける・・・という
あまりにも有名な物語。
場所は カリフォルニアの海岸沿いのコテージ。
劇中で描かれるのは、
1951年、1956年、1961年、1965年、1970年、1975年、
とはいえ 年代は劇中で 語られない。
だけど服装、音楽、話す内容で
これがいつなのか なんとなくわかる。
本人たちだけではなく
今、どこに住んでいるのか?
配偶者は?
子どもは?
何の仕事をしているのか?までも。
2人はその都度 変化するけれど、この部屋だけは変わらない。
だからこそ ちゃんと美しくセットを組んでいる
その 調度品のセンスが すごく素敵。
西海岸とわかる海の音。この部屋だけが知っているすべて。
ピアノ、バスルーム、ベッド、電話の位置を
観客も共有して すすめられます。
![IMG_6680.jpg]()
![IMG_6681.jpg]()
初めての出会いは 1951年。
ジョージ(山岸門人さま)は、
修道院へ向かう途中だったドリス(野口かおる様)と
レストランで出会い、
ジョージがステーキをおごったことで 一夜限りの関係に発展したもよう。
(「あちらのお客様からです」って 飲み物じゃなく ステーキがきちゃった話
面白すぎ!)
その後の 一夜の情事。このステーキの話はあとから語られ、
劇自体は
舞台上のベッドに 裸で シーツにくるまる2人から始まる。
ベッドの脇には 1つのナイトスタンド・・・
ハッ これは
『アベニューQ』履修者おなじみ
One night stand!
「一夜限りの遊び」の 暗喩じゃないですか。
目を覚ました ジョージの うろたえ、
落ち着いて見える ドリスは
すでに何時間も前に目が覚め バスルームで悲鳴をあげていたという。
「自分の行っていた学校は 半数が尼さんになる」
「修道院に行くところだった」
というセリフで、ドリスはカトリックだとわかる。(のちの「懺悔」「神父」「sin」で 再確信)
となると、「不倫」どころか「避妊」すらご法度なのでは?
と こちらが思うより前に
「神様はこの丸っこい太ももだけで赦してくれたの」
と はにかみつつおっしゃる 可憐な花のような ドリス。
初めは本名を偽っていた2人だけど、
自分がどこに住んでいて、配偶者がいて・・・と明かしていく
その 劇的楽しさ。
ジョージはニュージャージーに住む会計士で、初めてのお客さんの顧問として
毎年同じ時期に このカリフォルニアのコテージに泊まっている。
だから朝食を運んで来てくれる人とも 顔なじみ。
ドアのノック音(こういうの月影先生・・・じゃなかった 演出の明星真由美さまが やっているの?)
に ドリスがあわてて 隠れるも 隠れきれず(こういう隠れる隠れないコメディ部分、加藤健一事務所がずっと上演してきたのがわかる!)
部屋にある穴から 出ろと言われての
ドリス「穴だわ!」
もちろん穴なんかなくて 客席を通って外に出るのだけど
もはやこの瞬間から、客席も2人を見守る共犯者になっている。
穴から脱出して 部屋に戻って
ジョージは、ポケットにドリスの白いガードルが入っちゃっていたのに気づいて
おなかぺこぺこの ドリスは 朝食をもらう。
おちょぼ口で もぐもぐ きちんといただく姿。
ピンクのお召し物の 質感。
わたくし
「のっ・・・野口かおる様って こんなに
かわいいんだ!!!」
ドリス「コーヒー飲む?口つけちゃったけど・・・」
えッッ
かわいいッッッ
![IMG_6731.jpg]()
このイラスト、美化ではなかった・・・!!!
お互いの 子どもの写真を 見せあって、
すべてさらけ出した2人は、また来年も同じ日、このコテージで会う約束をする。
素晴らしい夜を過ごしたことを 忘れがたく
気が合って 身体が合って 離れがたく
もう一度・・・と 抱きしめ合い 暗転。
ニュージャージーの会計士ジョージと、オクラホマの主婦ドリス。
出会うはずのない2人がカリフォルニアで出会った 1951年。
![IMG_6716.jpg]()
(この先2人は、毎度毎度引っ越していますが)
そのとき かかっていた曲は
「If I Knew You Were Comin' I'd've Baked a Cake」。
Now I don't know where you came from
'cause I don't know where you've been.
But it really doesn't matter
(あなたがどこから来て
どうしていたのかなんて
本当にどうでもいいこと)
という歌詞ながら、
以降も、逢瀬のたびに
何をして、どこに住んでいるの?(その都度引っ越している)
子どもは?(増えていたり成長したり)
そして
「それぞれの配偶者の良いところ・悪いところ」を教え合う。
年を経るごとに変わる衣裳(かわいい)、メイク、かつら。
変わらないこの部屋のベッドやピアノ、調度品(センス良)。
それは、同じセットで同じ役者が演じる歳月、という 演劇的楽しさだけではない。
「自分は何者か?」
年を取る。子どもが生まれる。引っ越す。配偶者はどうしている。それはその人の要素として 内面さえも雄弁に語る。
そして2人が共有するのは 目の前にいる相手の肉だけではない。
2人をとりまく人間の生と死。
前半では生が描かれる。
1956年、逢瀬の中で ジョージにかかってくる 幼い娘からの電話。
乳歯が抜けて血が出ちゃって、歯を誤飲していないか うろたえるジョージ。
目の前に自分がいるのに、一方的主張で家に帰ろうとするジョージに怒るドリス。
1961年、ドリスの妊娠。それに嫉妬するジョージ。
お腹の大きいドリスはどこか荒野に引っ越していて、
「そこから運転してきたんだ」という 大変さが よくわかる。
ドリスは意志もなく妊娠させられたわけではなく
「夫婦の共同意志」だと言う。
産気づいてしまったドリス(ドリスかわいかったのに「ンゴッ」「オゴゴゴゴゴ」と バンプアッパー・野口かおる様が・・・)
血を見るのが大の苦手で、周囲に不倫を知られたくないジョージが
なんとか病院や医者に電話をかけるも もう生まれそう。
バスルームに引っ込むジョージ。
わたくし「怖気づいて 逃げやがったな!」と思いきや
バスタオルをたくさん持って来て
「僕の目を見て」「必ずとり上げてみせる」
「僕たちの 子どもだよ」
ここまでは 誕生を描いているけれど
ここからは死も描かれる。
1965年、ヒッピーファッションのドリス。
「自然とセックス」を標榜するヒッピーらしく
「んじゃ、
ファックから始めてみようか!」
だけどジョージは スーツ姿で 敬語で 冷たい雰囲気。
話すうちに、ジョージが1964年の大統領選挙で、「ゴールドウォーターに入れた」とわかる。
ジョージ「いざとなればアメリカは、水爆を落とすことができるんだ!」
ドリス「あれは内戦よ?!」
ヒッピームーブメントは、いわずもがなベトナム戦争への反対。
水爆でベトナム人(アジア人)を黙らせるのは
第二次世界大戦時、原爆で日本(アジア人)にした仕打ちと同じだ。
そんなことをしようとする政治家を支持するのか?お前はそういうヤツだったのか?!
ドリスの本気の怒り。(そもそも1954年に既に第五福竜丸事件は起こっている)
敬語で冷たく話し、西海岸に住んで上級階級の顧客を持ち、
精神安定剤をかじっているようなジョージになってしまった。
だけど、ゴールドウォーターに投票したのは
「(ベトナム)戦争を終わらせる」と宣言したから。
実はジョージは、ベトナム戦争で子どもを亡くしていた。
その子は、ドリスも写真を見せてもらって「くしゃくしゃの笑顔でかわいいわ」と言っていた子だった。
「ずっと泣けない。一生泣けない」と言っていたジョージが
ドリスの腕の中で崩れ落ちてしまう。
やっと泣けたジョージ・・・
この場面ではっきりわかった。
これはオシャレで繊細で丁寧な「ロマンチック・コメディ」でありながら、
ベトナム戦争の泥沼化を経て書かれた作品だ、と。
(ハッピーミュージカルである『アニー』でさえ、共和党員の大富豪ウォーバックスと民主党のローズベルト大統領の党派を超えた友情劇でもあり、ベトナム戦争の泥沼化に苦しんで生みだされた物語でもあるのです)
ググったらやはり、1975年に書かれたもので
作者はアメリカ人ではなく カナダ人のバーナード・スレイドだけど
1960年代から続くベトナム戦争を、世界はずっと見ていた。隣国のカナダに何も影響がないわけがない。
そもそも2人が初めて会った1951年は 第二次世界大戦の6年後。
「毎年同じ日に逢瀬を重ねる『不倫』」は
「世界が重ねてきた戦争の 悲しい部分」を請け負っているのかもしれない。
そして演劇は、『ヘアー』、『ミス・サイゴン』、『ドッグ・ファイト』と、明確にベトナム戦争を描く手法もあれば
ベトナム戦争泥沼化の空気を、大恐慌時代の「1933年のアメリカ合衆国」に重ね合わせつつ紡ぐ『アニー』という手法もあるわけで・・・
ここでかかっていたのが「Close to you」、
もっともメジャーなカーペンターズの1970年バージョンが使われていた。
(カーペンターズなんだ、というところに とある意図を感じるけれど、それは裏が取れないので おいといて)
これはもともと1963年からいろんな人によってレコーディングされているから、
1965年と1970年をつなぐために長くかかっている。
「あなたが産まれた日
天使達が集まって、僕らの夢の結晶をつくるんだって決めた」
という歌詞に涙が出てしまう。
どんな子も祝福されて生まれてきた。
ドリスとジョージは、お互いの話と写真の見せあいで
お互いの子どもの成長を知っているから
それを観客も知っているから 余計・・・
そして2人は、男女の関係だけではなく
痛みを分け合う戦友にもなったのが はっきりとわかる。
1970年、
赤いパンツ、ヒゲ・長髪で、楽しそうな表情のジョージ。
ブラックドレスに身を包んだ ザ・社長の ドリス。
ドリス、折々で「読書会に参加」「高校を卒業」などのエピソードから
知的好奇心旺盛で努力家。
ご飯の食べ方にさえ 知性があった。
それはジョージが「知的な女性が好き」って言ってたこととは関係なく、彼女の本質なのだと思う。
ドリスは娘と何度か電話をして 仕事の話をしている。
ドリスが車にディナーをとりにいったときに かかってくる電話。
それをジョージはとった。
ドリスの夫からだった。
ドリスと夫は うまくいっていない。
それなのにジョージが ドリスの夫に 匂わせ発言を さんざんして ヒヤヒヤ・・・
極めつけは
「20年間の彼女との触れ合いは かけがえのない財産です」
そしてジョージが名乗ったのは 神父の名前!!
ジョージのドリスへの気持ちを偽りなく言いながら、
ドリスの名誉と、ドリスにとって大切な夫を守った!
ドリスの夫婦の危機を救った!
ドリスが毎年教えてくれる、夫のいいところ。
それを一番知ってる他人だから。夫と別れたくない気持ちを知っているから。
ドリスがつき続けた「修道院に泊まっている」という嘘を本当にしたジョージ、あっぱれです。
1975年。
ドリスはおばあちゃんになった(孫ができた)。
ジョージの妻は死んでしまっていた。
ドリス
「会ったことはないけれど
あなたの奥さん、大好きだったわ・・・」
ああ、こんないとおしいお悔みの言葉ってある?
会うたび、お互いの配偶者の良いところ、悪いところを
共有してきた2人。
ドリスは、ジョージの話す「妻のおっちょこちょいなところ」が 好きだった。
会ったこともないけれど、それを聞いて、くすっと笑って
いつの間にかジョージの妻まで好きになっていた。
なんだろう、普通 不倫相手がこんなこと言ったら ぶっ飛ばしたくなるけど
嫌悪感が全然ない。ドリスは本当に本当に そう思っているんだ。
ジョージはドリスのお店に電話をして
ドリスがお店を売ったことを知っていた。
そのときに自宅の番号を知って 何度も電話をしようとした。
できなかった。
けれど、電話番号を知ったことで、いつもそこに連絡できるような気持になった。
ジョージは続ける。
「妻は10年も前から、僕たちの関係を知っていたそうだ。
近所のコニーが教えてくれた。
でも一度も、そんなこと おくびにも出さなかった。
死ぬまで・・・」
「僕は一人では生きていけない男だ。
結婚しよう。
僕は君の夫婦の危機を救ったこともあるじゃないか。(←ドリスも1965年にジョージの精神を救っている、少なからず影響し合っていると思うが。。。)
君が結婚してくれなかったら、僕はコニーと結婚するよ?」
ああ、この場面の ドリスが大好き。
ずっとやさしく 静かな微笑みをたたえている。
ドリスは「自分の夫は、第二次世界大戦での兵役が一番楽しかった、という。
そのうちの4年(3年?)は 日本軍の捕虜だったのに」ということを
まだ若いうちは理解できていなくて
最近、卒中で倒れた夫が、
静かに子どもたちに 捕虜時代のことを語っていたのを見た。
ドリスはその輪に入らず 外から見ていた。
それを見たドリスは 心から夫を尊敬した。
ああ・・・
ここまで描かれてきたジョージの断片、
「南部の暮らしがイヤだった」=差別されたことのない白人
「ロサンゼルスで会計事務所」=エリート
「ベトナム戦争を水爆で解決」=アジア人への差別
もちろん子どもを喪って以降、ジョージは変わったけれど
ドリスの夫は変わらない。ずっと実直で、アジア人に敬意があるのだ。
ヒッピームーブメントに参加したドリスと本質が同じなのだ。
ゴールドウォーターの場面で泣き崩れたジョージを受け入れつつも、その実
彼女の深いところでは 自分の夫のアジア人への敬意がわかったのだと思う。
ドリスは、
ジョージとの 年に一度の関係は愛おしく大切で
何もかもさらけ出せる この日を楽しみにしているけれど
静かな口調で捕虜時代の話をする夫を 心から尊敬している。
そして夫が倒れたことで
少なからず罪悪感がある、自分の姦淫の積み重ねで神が罰を与えた、と思っているのではないでしょうか。
だって彼女は カトリックなのだから。
だから「My Sin」(私の罪/道徳的な神への冒涜)っていう香水を 自分に纏わせているんだと思いました。
アジア人を差別するどころか、捕虜時代を楽しかったと言える人。
自分のために神に罰を与えられた人を捨てることなどできない。
一緒に暮らすことこそが 彼女の修道なんじゃないかと・・・
そもそもドリスはカトリック。人前で寝ることすらNGな海外において、本来は「一緒に寝る」って言ったら夫婦しかなくて、夫婦は逆に一緒に寝なくちゃいけない。どちらかが永遠に眠るまで一緒にいるのが夫婦なのだから・・・
そんなことをいっぺんに思って、声も出せずに嗚咽してしまいました。
だからジョージからのプロポーズは受けない。
「知ってるでしょう?私イタリア系だから泣かないのよ」
出て行ってしまうジョージ。
思い出の曲を乱暴にかけ、ベッドで嗚咽するドリス。
結局ジョージは戻ってきて、
「お互いの身体がいうことをきかなくなるまで会おう!」
と 優しく抱き合って閉幕。
これは一緒に地獄に落ちようということなのか?2人の罪が赦されて関係が続くということなのか?
気になってセリフをググったら ラスト付近のセリフがありました。
George: Okay, I'm back, goddamn it.
Doris: What about Connie?
George: Connie is 87 years old.
わたくしはあんまり英語に詳しくもないし、キリスト教徒でもないのだけど
goddamn it なんて ジョージ、地獄送り以外にない。
一方で、ドリスは自分のsinを認めていた。
sinが赦される世界観(娼婦的な存在が赦される世界観)というのは、大義のキリスト教にはあるのだ。マグダラのマリア、『CATS』のグリザベラ。
「私のしたことはsinなのだろうか?」と問う『欲望という名の電車』。
ああ、アメリカ史と友情とキリスト教のミックスなんて、わたくしが最高に好きな演劇じゃないか。
2人が重ねてきた25年という年月。
2人が合わせてきた時計。(そもそもアメリカ国内でも時差がある/ジョージが進ませているやり方に いつしかドリスが合わせていた)
そこに横たわるアメリカ。
演劇って 素舞台でメイクもせず、衣裳も変更せず
想像力で見せるということも もちろん可能ながら、
これは見た目も中身も変わる2人と 変わらない部屋のコントラストを楽しむというタイプの演劇的醍醐味。
演じる2人の 丁寧さ。
逢瀬の時に その時々の生き方が顔に出ていた。
ジョージ。
ピアノの 生演奏、
「パパだよ?」の優しい声から
ちゃんとちゃんと 年を重ねていて
最後、老年になったときの顔が 一番好きだった。
ドリス。
可憐だけれども、バカではない。
繊細で美しくて芯がある。
全部がかわいく いとおしくて 野口かおる様のこと大好きになっちゃった!
わたくしは1974年生まれで、演出の明星真由美さまが
早稲田の劇研の頃から 役者としてスゴイと思っていて、
野口かおる様も かつての姿を存じているので
早稲田演劇に憧れたわたくし的にも 訴求!
とまあ ごちゃごちゃ書いたけど、
「他人の身体でないと絶対癒せないこと」って あるよね・・・
人間だって 動物だもの
という理屈のなさも 味わえたのです。
心も身体も全部赦し合える他人。
一年に一度、この日だけ
日常のしがらみを全部捨てて 人が作った倫理なんか超えて解放されるのって すごく羨ましい。そこで得てしまう切なさや傷は 背負いきれないかもしれないけれど。
脚本翻訳は 青井陽治さま訳を使用とのことですが、
演出の明星さまが 「初版のペーパーバックを買って、日本未公開の映画版にも自分で字幕をつけた」と パンフレットにありました。
「南部はクレジットカードで窓の雪を落とす」
というセリフがあったけど
もしや元の英語は「the snow-caked windows」みたいな言い方をしてるのかな?
cakeはこびりついて離れないという意味。
1951年の場面からかかる「If I Knew You Were Comin' I'd've Baked a Cake」は
韻だけの歌詞じゃないと思う。
coming(イク)もcake(セクシーな女性)も性的な意味で、bakeもcakeも、焼いてこびりつくような関係を暗示しているのかな?とも思ったり。
ああ、
明星さまと『セイムタイム・ネクストイヤー』読書会をしたい!!
劇中でも ドリスが読書会に参加しているというセリフがあるけれど
ぜひ 明星さま演出にて
カオルノグチ現代演技『ジェイン・オースティンの読書会』も 上演してほしいと思いました。
ついでに『Austentatious』(Jane Austenとostentatiousをかけた造語)
も 日本初上演してください!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エンタメ特化型情報メディア SPICEにて
ミュージカル『アニー』についてのコラム【THE MUSICAL LOVERS】を連載中です!
エンタメ特化型情報メディア SPICE
【THE MUSICAL LOVERS】ミュージカル『アニー』コラム
連載3年目を迎えました!
[第0回]ミュージカル『アニー』2017の主役&孤児役合格者と新しい演出家を発表! 新アニーは野村 里桜と会 百花、演出は山田和也
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
下北沢 駅前劇場へ
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を 観に行ってきました。
一夜限りの関係を持った2人が 以降も
同じ時、同じ場所で 毎年会い続ける・・・という
あまりにも有名な物語。
場所は カリフォルニアの海岸沿いのコテージ。
劇中で描かれるのは、
1951年、1956年、1961年、1965年、1970年、1975年、
とはいえ 年代は劇中で 語られない。
だけど服装、音楽、話す内容で
これがいつなのか なんとなくわかる。
本人たちだけではなく
今、どこに住んでいるのか?
配偶者は?
子どもは?
何の仕事をしているのか?までも。
2人はその都度 変化するけれど、この部屋だけは変わらない。
だからこそ ちゃんと美しくセットを組んでいる
その 調度品のセンスが すごく素敵。
西海岸とわかる海の音。この部屋だけが知っているすべて。
ピアノ、バスルーム、ベッド、電話の位置を
観客も共有して すすめられます。


初めての出会いは 1951年。
ジョージ(山岸門人さま)は、
修道院へ向かう途中だったドリス(野口かおる様)と
レストランで出会い、
ジョージがステーキをおごったことで 一夜限りの関係に発展したもよう。
(「あちらのお客様からです」って 飲み物じゃなく ステーキがきちゃった話
面白すぎ!)
その後の 一夜の情事。このステーキの話はあとから語られ、
劇自体は
舞台上のベッドに 裸で シーツにくるまる2人から始まる。
ベッドの脇には 1つのナイトスタンド・・・
ハッ これは
『アベニューQ』履修者おなじみ
One night stand!
「一夜限りの遊び」の 暗喩じゃないですか。
目を覚ました ジョージの うろたえ、
落ち着いて見える ドリスは
すでに何時間も前に目が覚め バスルームで悲鳴をあげていたという。
「自分の行っていた学校は 半数が尼さんになる」
「修道院に行くところだった」
というセリフで、ドリスはカトリックだとわかる。(のちの「懺悔」「神父」「sin」で 再確信)
となると、「不倫」どころか「避妊」すらご法度なのでは?
と こちらが思うより前に
「神様はこの丸っこい太ももだけで赦してくれたの」
と はにかみつつおっしゃる 可憐な花のような ドリス。
初めは本名を偽っていた2人だけど、
自分がどこに住んでいて、配偶者がいて・・・と明かしていく
その 劇的楽しさ。
ジョージはニュージャージーに住む会計士で、初めてのお客さんの顧問として
毎年同じ時期に このカリフォルニアのコテージに泊まっている。
だから朝食を運んで来てくれる人とも 顔なじみ。
ドアのノック音(こういうの月影先生・・・じゃなかった 演出の明星真由美さまが やっているの?)
に ドリスがあわてて 隠れるも 隠れきれず(こういう隠れる隠れないコメディ部分、加藤健一事務所がずっと上演してきたのがわかる!)
部屋にある穴から 出ろと言われての
ドリス「穴だわ!」
もちろん穴なんかなくて 客席を通って外に出るのだけど
もはやこの瞬間から、客席も2人を見守る共犯者になっている。
穴から脱出して 部屋に戻って
ジョージは、ポケットにドリスの白いガードルが入っちゃっていたのに気づいて
おなかぺこぺこの ドリスは 朝食をもらう。
おちょぼ口で もぐもぐ きちんといただく姿。
ピンクのお召し物の 質感。
わたくし
「のっ・・・野口かおる様って こんなに
かわいいんだ!!!」
ドリス「コーヒー飲む?口つけちゃったけど・・・」
えッッ
かわいいッッッ

このイラスト、美化ではなかった・・・!!!
お互いの 子どもの写真を 見せあって、
すべてさらけ出した2人は、また来年も同じ日、このコテージで会う約束をする。
素晴らしい夜を過ごしたことを 忘れがたく
気が合って 身体が合って 離れがたく
もう一度・・・と 抱きしめ合い 暗転。
ニュージャージーの会計士ジョージと、オクラホマの主婦ドリス。
出会うはずのない2人がカリフォルニアで出会った 1951年。

(この先2人は、毎度毎度引っ越していますが)
そのとき かかっていた曲は
「If I Knew You Were Comin' I'd've Baked a Cake」。
Now I don't know where you came from
'cause I don't know where you've been.
But it really doesn't matter
(あなたがどこから来て
どうしていたのかなんて
本当にどうでもいいこと)
という歌詞ながら、
以降も、逢瀬のたびに
何をして、どこに住んでいるの?(その都度引っ越している)
子どもは?(増えていたり成長したり)
そして
「それぞれの配偶者の良いところ・悪いところ」を教え合う。
年を経るごとに変わる衣裳(かわいい)、メイク、かつら。
変わらないこの部屋のベッドやピアノ、調度品(センス良)。
それは、同じセットで同じ役者が演じる歳月、という 演劇的楽しさだけではない。
「自分は何者か?」
年を取る。子どもが生まれる。引っ越す。配偶者はどうしている。それはその人の要素として 内面さえも雄弁に語る。
そして2人が共有するのは 目の前にいる相手の肉だけではない。
2人をとりまく人間の生と死。
前半では生が描かれる。
1956年、逢瀬の中で ジョージにかかってくる 幼い娘からの電話。
乳歯が抜けて血が出ちゃって、歯を誤飲していないか うろたえるジョージ。
目の前に自分がいるのに、一方的主張で家に帰ろうとするジョージに怒るドリス。
1961年、ドリスの妊娠。それに嫉妬するジョージ。
お腹の大きいドリスはどこか荒野に引っ越していて、
「そこから運転してきたんだ」という 大変さが よくわかる。
ドリスは意志もなく妊娠させられたわけではなく
「夫婦の共同意志」だと言う。
産気づいてしまったドリス(ドリスかわいかったのに「ンゴッ」「オゴゴゴゴゴ」と バンプアッパー・野口かおる様が・・・)
血を見るのが大の苦手で、周囲に不倫を知られたくないジョージが
なんとか病院や医者に電話をかけるも もう生まれそう。
バスルームに引っ込むジョージ。
わたくし「怖気づいて 逃げやがったな!」と思いきや
バスタオルをたくさん持って来て
「僕の目を見て」「必ずとり上げてみせる」
「僕たちの 子どもだよ」
ここまでは 誕生を描いているけれど
ここからは死も描かれる。
1965年、ヒッピーファッションのドリス。
「自然とセックス」を標榜するヒッピーらしく
「んじゃ、
ファックから始めてみようか!」
だけどジョージは スーツ姿で 敬語で 冷たい雰囲気。
話すうちに、ジョージが1964年の大統領選挙で、「ゴールドウォーターに入れた」とわかる。
ジョージ「いざとなればアメリカは、水爆を落とすことができるんだ!」
ドリス「あれは内戦よ?!」
ヒッピームーブメントは、いわずもがなベトナム戦争への反対。
水爆でベトナム人(アジア人)を黙らせるのは
第二次世界大戦時、原爆で日本(アジア人)にした仕打ちと同じだ。
そんなことをしようとする政治家を支持するのか?お前はそういうヤツだったのか?!
ドリスの本気の怒り。(そもそも1954年に既に第五福竜丸事件は起こっている)
敬語で冷たく話し、西海岸に住んで上級階級の顧客を持ち、
精神安定剤をかじっているようなジョージになってしまった。
だけど、ゴールドウォーターに投票したのは
「(ベトナム)戦争を終わらせる」と宣言したから。
実はジョージは、ベトナム戦争で子どもを亡くしていた。
その子は、ドリスも写真を見せてもらって「くしゃくしゃの笑顔でかわいいわ」と言っていた子だった。
「ずっと泣けない。一生泣けない」と言っていたジョージが
ドリスの腕の中で崩れ落ちてしまう。
やっと泣けたジョージ・・・
この場面ではっきりわかった。
これはオシャレで繊細で丁寧な「ロマンチック・コメディ」でありながら、
ベトナム戦争の泥沼化を経て書かれた作品だ、と。
(ハッピーミュージカルである『アニー』でさえ、共和党員の大富豪ウォーバックスと民主党のローズベルト大統領の党派を超えた友情劇でもあり、ベトナム戦争の泥沼化に苦しんで生みだされた物語でもあるのです)
ググったらやはり、1975年に書かれたもので
作者はアメリカ人ではなく カナダ人のバーナード・スレイドだけど
1960年代から続くベトナム戦争を、世界はずっと見ていた。隣国のカナダに何も影響がないわけがない。
そもそも2人が初めて会った1951年は 第二次世界大戦の6年後。
「毎年同じ日に逢瀬を重ねる『不倫』」は
「世界が重ねてきた戦争の 悲しい部分」を請け負っているのかもしれない。
そして演劇は、『ヘアー』、『ミス・サイゴン』、『ドッグ・ファイト』と、明確にベトナム戦争を描く手法もあれば
ベトナム戦争泥沼化の空気を、大恐慌時代の「1933年のアメリカ合衆国」に重ね合わせつつ紡ぐ『アニー』という手法もあるわけで・・・
ここでかかっていたのが「Close to you」、
もっともメジャーなカーペンターズの1970年バージョンが使われていた。
(カーペンターズなんだ、というところに とある意図を感じるけれど、それは裏が取れないので おいといて)
これはもともと1963年からいろんな人によってレコーディングされているから、
1965年と1970年をつなぐために長くかかっている。
「あなたが産まれた日
天使達が集まって、僕らの夢の結晶をつくるんだって決めた」
という歌詞に涙が出てしまう。
どんな子も祝福されて生まれてきた。
ドリスとジョージは、お互いの話と写真の見せあいで
お互いの子どもの成長を知っているから
それを観客も知っているから 余計・・・
そして2人は、男女の関係だけではなく
痛みを分け合う戦友にもなったのが はっきりとわかる。
1970年、
赤いパンツ、ヒゲ・長髪で、楽しそうな表情のジョージ。
ブラックドレスに身を包んだ ザ・社長の ドリス。
ドリス、折々で「読書会に参加」「高校を卒業」などのエピソードから
知的好奇心旺盛で努力家。
ご飯の食べ方にさえ 知性があった。
それはジョージが「知的な女性が好き」って言ってたこととは関係なく、彼女の本質なのだと思う。
ドリスは娘と何度か電話をして 仕事の話をしている。
ドリスが車にディナーをとりにいったときに かかってくる電話。
それをジョージはとった。
ドリスの夫からだった。
ドリスと夫は うまくいっていない。
それなのにジョージが ドリスの夫に 匂わせ発言を さんざんして ヒヤヒヤ・・・
極めつけは
「20年間の彼女との触れ合いは かけがえのない財産です」
そしてジョージが名乗ったのは 神父の名前!!
ジョージのドリスへの気持ちを偽りなく言いながら、
ドリスの名誉と、ドリスにとって大切な夫を守った!
ドリスの夫婦の危機を救った!
ドリスが毎年教えてくれる、夫のいいところ。
それを一番知ってる他人だから。夫と別れたくない気持ちを知っているから。
ドリスがつき続けた「修道院に泊まっている」という嘘を本当にしたジョージ、あっぱれです。
1975年。
ドリスはおばあちゃんになった(孫ができた)。
ジョージの妻は死んでしまっていた。
ドリス
「会ったことはないけれど
あなたの奥さん、大好きだったわ・・・」
ああ、こんないとおしいお悔みの言葉ってある?
会うたび、お互いの配偶者の良いところ、悪いところを
共有してきた2人。
ドリスは、ジョージの話す「妻のおっちょこちょいなところ」が 好きだった。
会ったこともないけれど、それを聞いて、くすっと笑って
いつの間にかジョージの妻まで好きになっていた。
なんだろう、普通 不倫相手がこんなこと言ったら ぶっ飛ばしたくなるけど
嫌悪感が全然ない。ドリスは本当に本当に そう思っているんだ。
ジョージはドリスのお店に電話をして
ドリスがお店を売ったことを知っていた。
そのときに自宅の番号を知って 何度も電話をしようとした。
できなかった。
けれど、電話番号を知ったことで、いつもそこに連絡できるような気持になった。
ジョージは続ける。
「妻は10年も前から、僕たちの関係を知っていたそうだ。
近所のコニーが教えてくれた。
でも一度も、そんなこと おくびにも出さなかった。
死ぬまで・・・」
「僕は一人では生きていけない男だ。
結婚しよう。
僕は君の夫婦の危機を救ったこともあるじゃないか。(←ドリスも1965年にジョージの精神を救っている、少なからず影響し合っていると思うが。。。)
君が結婚してくれなかったら、僕はコニーと結婚するよ?」
ああ、この場面の ドリスが大好き。
ずっとやさしく 静かな微笑みをたたえている。
ドリスは「自分の夫は、第二次世界大戦での兵役が一番楽しかった、という。
そのうちの4年(3年?)は 日本軍の捕虜だったのに」ということを
まだ若いうちは理解できていなくて
最近、卒中で倒れた夫が、
静かに子どもたちに 捕虜時代のことを語っていたのを見た。
ドリスはその輪に入らず 外から見ていた。
それを見たドリスは 心から夫を尊敬した。
ああ・・・
ここまで描かれてきたジョージの断片、
「南部の暮らしがイヤだった」=差別されたことのない白人
「ロサンゼルスで会計事務所」=エリート
「ベトナム戦争を水爆で解決」=アジア人への差別
もちろん子どもを喪って以降、ジョージは変わったけれど
ドリスの夫は変わらない。ずっと実直で、アジア人に敬意があるのだ。
ヒッピームーブメントに参加したドリスと本質が同じなのだ。
ゴールドウォーターの場面で泣き崩れたジョージを受け入れつつも、その実
彼女の深いところでは 自分の夫のアジア人への敬意がわかったのだと思う。
ドリスは、
ジョージとの 年に一度の関係は愛おしく大切で
何もかもさらけ出せる この日を楽しみにしているけれど
静かな口調で捕虜時代の話をする夫を 心から尊敬している。
そして夫が倒れたことで
少なからず罪悪感がある、自分の姦淫の積み重ねで神が罰を与えた、と思っているのではないでしょうか。
だって彼女は カトリックなのだから。
だから「My Sin」(私の罪/道徳的な神への冒涜)っていう香水を 自分に纏わせているんだと思いました。
アジア人を差別するどころか、捕虜時代を楽しかったと言える人。
自分のために神に罰を与えられた人を捨てることなどできない。
一緒に暮らすことこそが 彼女の修道なんじゃないかと・・・
そもそもドリスはカトリック。人前で寝ることすらNGな海外において、本来は「一緒に寝る」って言ったら夫婦しかなくて、夫婦は逆に一緒に寝なくちゃいけない。どちらかが永遠に眠るまで一緒にいるのが夫婦なのだから・・・
そんなことをいっぺんに思って、声も出せずに嗚咽してしまいました。
だからジョージからのプロポーズは受けない。
「知ってるでしょう?私イタリア系だから泣かないのよ」
出て行ってしまうジョージ。
思い出の曲を乱暴にかけ、ベッドで嗚咽するドリス。
結局ジョージは戻ってきて、
「お互いの身体がいうことをきかなくなるまで会おう!」
と 優しく抱き合って閉幕。
これは一緒に地獄に落ちようということなのか?2人の罪が赦されて関係が続くということなのか?
気になってセリフをググったら ラスト付近のセリフがありました。
George: Okay, I'm back, goddamn it.
Doris: What about Connie?
George: Connie is 87 years old.
わたくしはあんまり英語に詳しくもないし、キリスト教徒でもないのだけど
goddamn it なんて ジョージ、地獄送り以外にない。
一方で、ドリスは自分のsinを認めていた。
sinが赦される世界観(娼婦的な存在が赦される世界観)というのは、大義のキリスト教にはあるのだ。マグダラのマリア、『CATS』のグリザベラ。
「私のしたことはsinなのだろうか?」と問う『欲望という名の電車』。
ああ、アメリカ史と友情とキリスト教のミックスなんて、わたくしが最高に好きな演劇じゃないか。
2人が重ねてきた25年という年月。
2人が合わせてきた時計。(そもそもアメリカ国内でも時差がある/ジョージが進ませているやり方に いつしかドリスが合わせていた)
そこに横たわるアメリカ。
演劇って 素舞台でメイクもせず、衣裳も変更せず
想像力で見せるということも もちろん可能ながら、
これは見た目も中身も変わる2人と 変わらない部屋のコントラストを楽しむというタイプの演劇的醍醐味。
演じる2人の 丁寧さ。
逢瀬の時に その時々の生き方が顔に出ていた。
ジョージ。
ピアノの 生演奏、
「パパだよ?」の優しい声から
ちゃんとちゃんと 年を重ねていて
最後、老年になったときの顔が 一番好きだった。
ドリス。
可憐だけれども、バカではない。
繊細で美しくて芯がある。
全部がかわいく いとおしくて 野口かおる様のこと大好きになっちゃった!
わたくしは1974年生まれで、演出の明星真由美さまが
早稲田の劇研の頃から 役者としてスゴイと思っていて、
野口かおる様も かつての姿を存じているので
早稲田演劇に憧れたわたくし的にも 訴求!
とまあ ごちゃごちゃ書いたけど、
「他人の身体でないと絶対癒せないこと」って あるよね・・・
人間だって 動物だもの
という理屈のなさも 味わえたのです。
心も身体も全部赦し合える他人。
一年に一度、この日だけ
日常のしがらみを全部捨てて 人が作った倫理なんか超えて解放されるのって すごく羨ましい。そこで得てしまう切なさや傷は 背負いきれないかもしれないけれど。
脚本翻訳は 青井陽治さま訳を使用とのことですが、
演出の明星さまが 「初版のペーパーバックを買って、日本未公開の映画版にも自分で字幕をつけた」と パンフレットにありました。
「南部はクレジットカードで窓の雪を落とす」
というセリフがあったけど
もしや元の英語は「the snow-caked windows」みたいな言い方をしてるのかな?
cakeはこびりついて離れないという意味。
1951年の場面からかかる「If I Knew You Were Comin' I'd've Baked a Cake」は
韻だけの歌詞じゃないと思う。
coming(イク)もcake(セクシーな女性)も性的な意味で、bakeもcakeも、焼いてこびりつくような関係を暗示しているのかな?とも思ったり。
ああ、
明星さまと『セイムタイム・ネクストイヤー』読書会をしたい!!
劇中でも ドリスが読書会に参加しているというセリフがあるけれど
ぜひ 明星さま演出にて
カオルノグチ現代演技『ジェイン・オースティンの読書会』も 上演してほしいと思いました。
ついでに『Austentatious』(Jane Austenとostentatiousをかけた造語)
も 日本初上演してください!
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ミュージカル『アニー』についてのコラム【THE MUSICAL LOVERS】を連載中です!